更新 2011/05/23

渡辺富工務店
  

夏日の話題も聞かれる季節となりました。
節電の夏、知恵を集めて乗り切らねばなりませんね。

再開した富建築高等訓練校も2ヶ月を過ぎようとしています。
訓練生3人は日々新しいことを学んで頑張っています。そんな彼らと工務店の新入社員ひとりを加えた4人の様子などを、折に触れお話できたらと思っております。第1回は入校して1カ月に書いた訓練生W君の作文を紹介します。

 夢に向かって「かっこいい大工」

富建築高等訓練校 訓1.W

僕は秋田県Y市N町と言う山形県と秋田県の県境にある鳥海山の麓にある小さな町で育ちました。僕が小学校4年生の冬、家族旅行で横浜へ行った時にランドマークタワーを見て、とても驚いた事を覚えています。こんな大きな建物を人が考え、人が設計し、人が建てた。そんな事を思っていたら、胸があつくなったのを今でも覚えていて、建築とは素晴らしいと思いました。

それから約五年後の中学3年の春、家を取り壊し、新しい家を建てる事になりました。元々あった家には祖母が住んでいて、約40年ほど住んでいた家でした。その家を壊し更地になったところを見て祖母は淋しそうな顔をしていました。
家と言うのは、ランドマークタワー、東京タワー、スカイツリー等とは違い、家族が一つ屋根の下で寝食を共にし、子供が小さければ親とお風呂に入り、少し大きくなれば兄弟で入り、もっと大きくなれば一人で入り、自分に子供が出来れば子供と入る。その他に無数の想い出が詰まった家なんだと思いました。一つ一つの家にドラマがある。何十年もの間建ち続けている。そんな家を建てる大工さんが凄くカッコいいと思いました。

それから月日が経ち 高校の卒業がちかくなり就職活動が始まりました。最初は地元に就職しようと思ったのですが 地元には弱電関係の求人しか出ていませんでした。何の為に使われている部品を作っているのか、どうして天気良く太陽が出ているのに室内にいなくてはならないのか、そう考えていたら 自分が地元に残りたいという理由だけで、自分が幼い頃から夢に見てきた事を捨てたくないと思い、関東の求人票にも目を通しました。
探し始めて三日程たって、渡辺富工務店の求人票が目にとまりました。はじめてみる訓練校という言葉が分からなくて先生に聞いたら「一から仕事を教えてくれる所だよ。こういう会社もあるなんて珍しいな。お前がよく言っている建築関係と一致するし、お前をプラスへ導いてくれる会社だと思うよ」と言われました。その後渡辺富工務店のホームページを見たら、先輩方が技能五輪やグランプリ大会で輝かしい成績をおさめている事を知り、ぜひ渡辺富工務店に就職しようと思いました。
しかし 都会へ一人で出ていき、やっていけるのか、父も兄も仕事の為に実家にいないので祖母、母、妹の女ばかりを家に残してしまって大丈夫なのか、いろいろな心配はありましたが家族に背中を押され、試験を受けました。試験の日は、大変緊張しました。でも頭の良くない自分には元気しか無いと思い、元気に挑みました。
数日が経ち、先生から電話がありました。「おめでとう、合格だ。」すごくシンプルな言葉で、すごく感動して、涙が出てきました。

そして入社して約1カ月が経ちました。入社式の日も大変緊張し、自己紹介の時は握りしめている手に汗をかきました。社長、副社長、専務と次々に激励の言葉を受けました。訓練校の先生方に建築の事を教えてもらいましたが僕は初めて聞く事ばかりでした。工業高校を出てきている友達にくらべると僕は普通高校だったので専門的な事は全く初めてで悩んでいたら先生が「普通高校から来た人が先輩に何人もいるけど技能五輪で日本一になって世界大会に出場した人もいるから、君も頑張れば大丈夫だよ。」と言われ、安心しました。
この言葉を聞いて一つ一つが身にしみ、よし、頑張ろうと強く決心しました。学科も実技も親切に教えていただき、何も会社の役にたっていないのにお給料をいただける事には本当に感謝しています。今は分からない事ばかりですが、一生懸命勉強して腕をみがきカッコいい大工になって建て主さんに喜んでいただけるようになりたいです。僕が幼いころから考えていたカッコいい大工になれるように頑張ります。



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